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東京高等裁判所 昭和58年(う)1278号 判決

本籍

東京都新宿区西新宿六丁目六七番地

住居

同都渋谷区千駄ケ谷四丁目二〇番八号

会社役員

淤見廣

大正九年二月二五日生

本籍

東京都新宿区西新宿六丁目六七番地

住居

同都渋谷区千駄ケ谷四丁目二〇番八号

会社役員

淤見マサエ

昭和二年一一月七日生

右両名に対する各所得税法違反被告事件について、昭和五八年七月四日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は検察官鈴木薫出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人新相英夫名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官鈴木薫名義の答弁書に各記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意のうち、理由不備ないし理由そごの主張及び法令適用の誤りないし事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は、その判示第一の事実において、「被告人淤見廣は所得税を免れようと企て、いずれも金地金売買の収入金額、譲渡原価を除外する方法により」として、所得秘匿の方法を特に限定して認定していながら、その結果として認定した同被告人にかかる昭和五四年分及び同五五年分の各所得金額の中には、別紙(一)、(二)の各修正損益計算書の勘定科目の〈5〉の雑所得として、五四年分は四四三、九一七円、五五年分は二、六三七、三八三円の各貸付金利息収入を計上して両年分とも金地金売買とは全く関係のない右雑所得を認定し、これをもとに逋脱所得を認定した点で前後矛盾があって、理由不備ないしは理由そごの違法があり、また、右雑所得として認定された金額は、被告人廣が税法上の所得区分を誤り、利子所得として申告していたもので、偽りその他不正の行為により申告から漏れたものではなく逋脱所得とはならないから、原判決が右雑所得をも逋脱所得として認定したことは、所得税法二三八条の解釈を誤りその結果事実を誤認したものであって、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで検討すると、原判決が被告人淤見廣の判示第一の各事実の認定において、所得秘匿の手段を前記のように限定していること、及びその結果として認定した両年度の各所得金額中に、前記のような各雑所得の金額が含まれていることは所論のとおりであるが、関係証拠によると、右貸付金利息収入額は雑所得に当るにもかかわらず、同被告人の確定申告の際に、所得税法上の所得区分を誤って利子所得として公表計上され、かつそれが過大計上であったので、これを訂正するため、利子所得の公表金額を全額減算するとともに、過大計上分を差引いた実際の貸付金利息収入金額を雑所得として加算し、その結果を前記各損益計算書に表示したのにすぎないことが認められるから、原判決は金地金売買益以外の雑所得を申告漏れ所得と認定し、これを逋脱所得金額に算入したものでないことは明らかである。

そうすると、被告人淤見廣の逋脱所得金額は、すべて同被告人の金地金売買益の除外によって生じたものと認定した原判決にはなんら理由不備ないし理由のそごはない。

また、前記雑所得を逋脱所得として認定したという所論はその前提を欠くもので、これに基づく法令適用の誤りないし事実誤認の主張も理由がない。

二  控訴趣意のうち量刑不当の主張について

所論は、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、検討すると、本件は被告人淤見廣が自己の資金及び妻である被告人淤見マサエから代理人として管理運用された資金を利用し、金地金売買等を行なって多額の譲渡所得等をあげていたのに、所得税の確定申告にあたり右譲渡所得を全部除外し、被告人マサエの所得については貸付金利息収入をも除外して、被告人廣については昭和五四、五五両年分の総所得金額が八七八一万五、七二六円であったのに、これが二八五七万七、〇七二円であり、被告人マサエについては昭和五五年分の総所得金額が九三五〇万七、七五〇円であったのに、これが五六五万四、二三七円であるとして各虚偽過少の確定申告書を提出し、被告人廣については二年分で三三一七万三、八〇〇円、被告人マサエについては五三七七万三、四〇〇円の所得税を免れたという事案であるところ、各逋脱税額が一般の所得水準に比べて高額であるうえ、税逋脱率は被告人廣については二年平均で約八七・三パーセント、被告人マサエについては約九九・八パーセントと極めて高いこと、脱税の動機についても、被告人廣は過去において種々の事業活動に従事し、税法上の知識は十分持っていたのに、金相場の変動が激しいことを理由に一年限りでは所得が生じないという手前勝手な論理で本件脱税を企図したものであり、帳簿書類の改ざん等の積極的偽装工作はなかったにせよ逋脱の故意は十分に認められ酌量の余地に乏しいこと、被告人マサエにおいても、同女名義の金地金売買の差益金につき、夫である被告人廣が脱税の意図を有することを察知できる立場にありながら、漫然としてこれを放置していたこと、並びに近時多額脱税事犯に対する社会的非難が厳しいこと等に徴すると、被告人両名の刑事責任は軽視できないといわなければならない。

そうすると、被告人両名は前科、前歴等がなく、本件発覚後それぞれ修正申告を行ない、本件逋脱分の本税、延滞税、加算税等を納付して反省の情を示していること等、所論指摘の被告人両名のために酌むべき諸事情を斟酌しても、原判決が被告人淤見廣を懲役一年(三年間執行猶予)及び罰金一、〇〇〇万円に、被告人淤見マサエを罰金一、五〇〇〇万円に各処したのが、重過ぎて不当であるとはいえないから論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 和田保 裁判官 新田誠志)

○ 控訴趣意書

被告人 淤見廣

被告人 淤見マサエ

右両名に対する所得税法違反各被告事件について、左のとおり控訴趣意書を提出する。

昭和五八年一〇月一日

右両名弁護人・弁護士 新相英夫

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

被告人淤見廣について

一 原判決には理由不備ないしは理由齟齬の違法があり、破棄を免れない。

(一) 原判決は罪となるべき事実、第一の冒頭において「被告人淤見廣は東京都渋谷区渋谷三丁目一九番一号に本店を置く淤見商事株式会社の代表取締役として同会社の業勢を統括するかたわら、金地金の売買を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、いずれも右金地金売買の収入金額、譲渡原価を除外する方法」と判示しながら

1. 第一の一において「昭和五四年分の実際総所得金額が四六二三万三六四六円あった(別紙(一)修正損益計算書参照)にかかわらず………正規の所得税額二〇五七万六一〇〇円と右申告額との差額一八九一万四二〇〇円を」

2. 第一の二において「昭和五五年分の実際総所得金額が四一五八万二〇八〇円あった(別紙(二)修正損益計算書参照)にかかわらず………正規の所得税額一七三八万六四〇〇円と右申告額との差額一四二五万九六〇〇円を」

免れたと認定判示している。

(二) 要するに原判決は「被告人淤見廣が所得税を免れようと企て、いずれも金地金売買の収入金額、譲渡原価を除外する方法により」とその方法を特に限定したうえで、それぞれの所得金額を認定し逋脱額を判示しているのである。

1. ところで原判決はそれぞれ掲げる別紙(一)(二)の修正損益計算書の勘定科目のうち〈5〉雑所得として昭和五四年分について四四万三九一七円を、昭和五五年分についても同じく雑所得二六三万七三八三円のあったことを判示している。

2. 原判決がそれぞれ認定する右雑所得は大蔵事務官鶴田忠功作成の昭和五七年三月四日付貸付金利息調査表(七五丁の三)に明らかな如く、被告人淤見廣の淤見商事株式会社および株式会社東荘に対する貸付金利息収入であることは明白である。

(三) 右の如く原判決はその冒頭において被告人淤見廣が所得税を免れる方法として金地金売買の収入金額、譲渡原価を除外する方法と特に限定しておきながら、別紙(一)(二)の修正損益計算書の勘定科目〈5〉において金地金売買とは全く関係のない貸付金利息収入として雑所得のあったことをそれぞれ認定し、これをもとに逋脱税額を認定判示したことは理由不備ないしは理由齟齬に当るものであって破棄を免れないものと信ずる。

二 原判決は所得税法第二三八条の解釈を誤りひいては事実を誤認したもので、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであって破棄を免れない。

(一) 原判決は被告人淤見廣の昭和五四年、同五五年分の総所得金額が原判決書添付別紙(一)(二)の各修正損益計算書に記載されているとおりとし、昭和五四年分について別紙(一)の修正損益計算書の勘定科目のうち〈5〉雑所得四四万三九一七円を、同五五年分について別紙(二)の修正損益計算書の勘定科目のうち〈5〉雑所得二六三万七三八三円についても、これを被告人淤見廣の逋脱所得として認定している。

(二) しかしながら右雑所得は全くの誤解により生じた、結果としての不申告にとどまり、偽りその他不正の行為としてのものでないことは

1. 荒井達弥の昭和五八年二月二八日付検察官に対する供述調書九項(二〇三丁)に「利子所得というのは

見商事に対する貸付金利息であり正しくは雑所得としなければならないものを私が間違って処理したのです」

2. 大蔵事務官鶴田忠功作成の昭和五七年三月四日付利子所得調査書(七五丁の二)に「淤見商事(株)の貸付金利息は雑所得である所得区分を誤り利子所得として申告していたものである」

3. 右同人作成の右同日付貸付金利息調査書(七五丁の四)に「イ淤見商事(株)及び(株)東荘に対する貸付金利息収入である。ロ淤見商事(株)に対する貸付金利息は雑所得として申告すべきであるものを所得区分を誤り利子所得として申告していたものである」とある如く税理士荒井達弥がその所得区分を誤ってしたものであることは明らかである。

にもかかわらず原判決は偽りその他不正の行為としての過少申告と、結果としての過少申告との区別をすることなく全くの誤解にもとづき申告もれになってしまった所得をも含め逋脱所得を算出認定した。

(三) 松沢智は次の如く述べている(租税刑事法の諸問題、租税法研究第九号、七二頁)。

「そもそも逋脱税額算定の前提となるべき所得そのものが経済的な概念として可分的な数額であり、それを構成する益金(収入すべき金額) 損金(必要経費)は、もともと個々の取引によって組成されているのであるから、個々の勘定科目のうち、行為者に個別的取引に基づく所得の存在について認識を欠き、逋脱の犯意の認められない部分があれば、たとえ行為者において、概括的な虚偽過少の申告をしていることの認識があったとしても、その部分に限っては逋脱の犯意を欠き逋脱所得の算定にあたりこれを除外して計算すべきである。

そこで故意に基づく所得の隠蔽工作とはかかわりなく、故意によらず、あるいは不注意や思い違い等による収益の過少記載、又は損金の過大記載に基づく過少申告によって、客観的には税を免れる結果を生じてもそれは「偽りその他不正の行為」とは結びつかないから右不正の行為により免れた税額には含まれないものと解すべきである」

また、東京高等裁判所の昭和五四年三月一九日判決(高裁刑集三二・一・四四頁)は次の如く判示している。「所得税逋脱犯は故意犯であるから、犯罪が成立するためには故意すなわち脱税の認識を必要とするが、その認識を必要とするが、その認識は逋脱金額がいくらであるか、あるいは逋脱金額の計算の基礎となる所得についていくら所得を圧縮したかについての具体的な金額までを認識する必要はなく、また同犯は一年度間における所得税の逋脱をもって構成する単純一罪であるから必ずしも各勘定科目ごとに個別的な脱税の認識があることを要しないものと解すべきである。しかしながら所得税逋脱犯の故意が右のように具体的な個別的な脱税の認識である必要がないというのは免れた全税額につき全体として脱税の認識が認められれば足りるという趣旨であって、故意に所得を隠匿する行為とは無関係に生じた収入の過少記載又は経費の過大記載によって生じた所得の過少申告分をも包含する趣旨に解すべきではない。従って、右のような所得の隠匿行為とは無関係に生じた誤記、誤算 又は不注意や思い違い等に基づく過少申告によって免れた所得税額は、所得税法二三八条にいう「偽りその他不正の行為」により免れた所得税額には含まれないと解するのが相当である」

(四) 原判決添付の別紙(一)修正損益計算書の勘定科目のうち〈2〉利子所得として一一五万円を、同(二)の修正損益計算書の勘定科目のうち〈2〉利子所得として四〇〇万七六二一円をそれぞれ申告していたことは明らかである。本来これら所得は雑所得として申告すべきところ全く誤解によりその所得区分をそれぞれ誤ったものであることは前記の如く明白なところである。

即ち原判決が認定した被告人淤見廣の逋脱所得のうち昭和五四・五年分の雑所得金額については、いずれも被告人の故意に基づく所得の隠匿行為とは無関係に生じた全く誤解による所得区分の誤りであって、被告人淤見廣がことさら右収入を隠匿したと認むべき証拠は存しない。

(五) 以上の如く原判決添付の別紙(一)(二)の各修正損益計算書の勘定科目のうちのそれぞれ〈5〉雑所得はいずれも故意に基づく所得の隠匿行為とは無関係に生じた所得区分の誤りから生じたものにすぎず、右金額に相当する所得分は被告人淤見廣の当該年度分の逋脱所得とはならないというべきである。

しかるに原判決はこれを逋脱所得と認定したことは結局所得税法二三八条の解釈を誤り、その結果事実を誤認したものであって、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであって、原判決は破棄を免れない。

三 原判決の刑の量定は重きにすぎ破棄を免れない。

(一) 原判決は被告人淤見廣に対し懲役一年(執行猶予三年)、罰金一〇〇〇万円に処する旨言渡し、「証拠の標目」において「被告人淤見廣の経歴・職歴からして同被告人は税に関して関心が強くその知識も充分もちあわせ」と判示し「量刑の事情」においても「被告人淤見廣は判示のとおり課税の対象となることを知悉しながら」と判示した。

(二) 被告人の経歴・職歴をもって税に関する知識も充分もちあわせていたということはできない。税に関する知識を充分もちあわせていないからこそ税金の申告処理等について税理士をわずらわせているのである。しかもその税理士でさえ所得区分を間違えたり(二〇三丁)、減価償却費の計算を誤ったり(二一〇丁)、所得の発生時期を誤ったりする(二一九丁)のである。

更に税の専門家である渋谷税務署の行った法人税更正処分が訴訟で取消され(四七八丁)たり、本件においても大蔵事務官鶴田忠功の昭和五八年六月二〇日査察官調査報告書(六〇五丁)の如く誤りをするのである。

(三) 高等小学校を卒業したのみの学歴しか有しない被告人淤見廣はその経歴・職歴からしても税に関し充分な知識はもちあわせていなかったのである。

したがって本件金地金の売買による所得についても当時はまだ所得として申告する必要のないものと考え違いをしていたのである。しかし国税庁の査察を受けた段階で自己の考え違いをむしろ恥じ、修正申告のうえ、本税・延滞税・加算税を納付し終えたのである。

被告人は検察庁における取調べに当っても金地金の売買当時の自己の気持を述べたもので、原判決が「証拠の標目」中で「脱税の犯意がないとの記載部分は全く虚偽のものと言わざるえず」と言うように、ことさら否認をしたものではない。

(四) 原判決によれば被告人淤見廣の逋脱額は昭和五四年分一八九一万四二〇〇円、昭和五五年分一四二五万九六〇〇円である旨認定している。これに対し本税・延滞税・加算税を合せて、昭和五四年分として二一三九万一五〇〇円、昭和五五年分として一五七四万一〇〇〇円を納付しているのに更に執行猶予付きとはいえ、懲役一年および罰金一〇〇〇万円の刑を科したことは酷に過ぎる。原判決が「量刑の事情」で判示するとおり逋脱額も大きいというなら、これを全て納付した被告人に対して言渡された刑もまた本件について深く反省改悟し二度とかかることない様誓い、これまでに何らの前科前歴もなく真面目な人生を送ってきた者に対するものとしては重きに過ぎ破棄を免れない。

被告人淤見マサエについて

原判決は刑の量定において重きにすぎ破棄を免れない。

一 刑の量定は被告人の年令・性格・経歴・環境・動機・方法・犯罪後の態度その他の事情を考慮して、犯罪の抑制および被告人の改善更生に役立つことを目的としてなされねばならない。

原判決は被告人淤見マサエに対し罰金一五〇〇万円に処する旨言渡したが、右刑の量刑は重きにすぎ不当であり破棄さるべきである。

二 被告人淤見マサエはその経歴の示すとおり家庭の平凡な主婦にすがず、会社役員とはいうものの事実上の運営は夫の淤見廣が掌握していたもので、被告人淤見マサエの仕事の内容は専ら帳簿づけが主なものであった。

本件当時、被告人淤見マサエはその資産運用を夫の淤見廣に委せきりであったため結果的に本件所得税法違反となったもので、金地金売買の取引内容はもとより、本件における昭和五五年分の確定申告書提出に当っても夫の淤見廣からも担当の荒井税理士からも何らの説明を受けておらず、この申告書にもとづく税金の納付も夫淤見廣に委せていた程で、そこには何ら故意もなければ、被告人淤見廣の行為に積極的に加功したこともないのである。

三 被告人淤見マサエにとっては国税庁の査察を受けたことさえ全く予期せぬできごとであり更に本件起訴をみたことは驚愕動顛の極みであった。

他人委せにした結果とはいえ国税庁の査察を受けた段階でこのことを知り修正申告のうえ本税五四一三万四〇〇〇円、延滞税三八七万五九〇〇円、過少申告加算税二七〇万六七〇〇円を納付し終えており無知ないし他人委せからとはいえ被告人淤見マサエにとっては既に苛酷な酬いを受けているのである。

被告人淤見マサエは本件を契機として、素人ながらも十分注意して自己の資産運用は自分で行ない、二度とかかることのないよう態勢を整え、納税に誤りなきを期すと誓っており、又同人には全く何らの前科前歴もないのである。

四 以上の如く被告人淤見マサエの経歴・環境・動機・方法・犯罪後の態度等を考慮すれば原判決の言渡した罰金一五〇〇万円の刑は重きにすぎるものといわざるを得ず破棄さるべきものと信じる。

以上

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